「かわいい」の洪水に溺れて

アラサーから始めた楽しいジャニオタ新生活!

「舞祭組」についてどう思いますか?

いつかは私の気持ちを文字にしたいと思っていた「舞祭組」というユニット活動について、コレだ!と固まった気持ちがあるわけではないけれど書いてみようと思った。
先日、新しいシングルが発売になったことで様々な方が舞祭組という存在について考えているのを見た。わたしも二階堂さんを愛でている者として、いろいろと思うところはあるのだけれど、選ぶ言葉を間違うと誤解されそうで今まで書いてこなかった。
今日はせっかくの休日だというのに声枯れを起こして暇を持て余したので、ブログでも書いちゃおうかな☆と思い立ち、なぜだかこんなに扱いの難しそうなテーマを選んでみた。

 

まず、私は舞祭組という活動に否定的ではない。ウェルカム!舞祭組最高!というわけでもない。でも舞祭組のことを応援しているし、舞祭組ちゃんのことを見るのが辛い方もいるようだけれど、そんなこともない。
デビューしてからのキスマイには明らかに格差があって、しかもそこには触れられない空気があったということはどうやったって消せない事実だった。キスブサのゲストに中居さんが来て、格差に触れて、曲を作ってあげるよと言ってくれても、4人が周りの大人の顔色をうかがって、喜んでいいんだって分かってから遅れて喜ぶ姿を見ていた。
今ならきっと別の反応をするだろうと思う。大きなリアクションをとって、もっとグイグイ段取りしようとするだろう。そういう今となっては当たり前になった、立ち上がって突っ込んでいくような姿も「舞祭組」という活動を通して彼らが確立していったものだと感じると愛おしい。
舞祭組というユニットが出来てから、キスマイのシングルでALL以外の部分も割り当てられた。主演ドラマもできた。レギュラー番組もできた。それは「私が望んだもの」とは違っていたけれど、彼らにとっては成果であり、実績であり、チャンスだった。

 

舞祭組ができて、まず彼らに認知される機会が与えられた。
中居さんがプロデュースをしてくれたお陰で、舞祭組としての活動が情報として伝わる層も広がった。インパクトのあるユニット名で、インパクトのある楽曲を歌い続け、インパクトのある衣装を着続けることで存在が定着して、キャラクターや方向性が分かりやすくなった。
それは万人に受け入れられるものではなかったかもしれないし、ファンが望んだ日の目ではなかったかもしれないけれど、今までスポットを当てられることが極端に少なかった4人にとって、またとないチャンスだったことは明らかだと思う。

 

私がどうして舞祭組万歳!にはなっていないのかという話になると、以前にも書いた事があると思うけれど彼らの「本来ならばできなければいけないことができない」ということが売りになっている部分については、否定的な気持ちが上回るからである。
それは舞祭組として求められて、お仕事としてそういった役回りに置かれていることが不満なのではなくて、それでいいと本人たちが居直っているのではないのかと感じることが不快なので、他の誰かに責任転嫁したい気持ちとは違う。
たとえば二階堂さんが「投げキスとかできないわぁ」と言うことに対して、舞祭組があるからだと憤ることはない…と書こうと思ったけれど、そもそも私は投げキスをしない二階堂さんに負の感情を持ったことがなかった。
UTAGEのハモについても本人たちの実力だけの問題なのか、構成としての問題なのかが不明なので少し違う。あれ…あんまりいい例がなかった……ごめん……。

 

とにかく私は、いつかやってくるであろう真っ当にスポットの当たる日を待っていることが出来たかもしれなかった、もう一生訪れることのない日々に思いをはせることより、決してスタンダードではないし前例もない道を進んでいる二階堂さんが、これからどういう風にアイドルとしての道を歩んでいこうと思っているのかというビジョンに興味がある。
藤ヶ谷さんと二階堂さんのキスラジ(2015.03.04放送分)でニカママに「あなたたちってどこに行っちゃうの?こんなので不本意じゃないの?」と言われた時に
「いいんだよ!生き残れればいいんだよ!」
って答えたっていう二階堂さんの言葉がすべてだから、その覚悟を噛みしめてこれからも応援していこうと思っている。
アイドル二階堂高嗣の今後がたくさんの煌めきで溢れていますように。